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05.北西と南西の角は、塔から見た日没の範囲を指し示す [武蔵国分寺の不思議を探る(テキスト版)]

Ⅰ.七重の塔を巡る方位線上に区割りと配置を読む

05.北西と南西の角は、塔から見た日没の範囲を指し示す
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七重の塔から西の空を眺めると、夏至の太陽は「I」の彼方の武蔵野台地の地平に、冬至の太陽は「J」の彼方の富士山に沈む。日没の太陽はI-J間60度に開ける地平の彼方を一年でダイナミックに往復する。古代の人々は太陽の運行のダイナミズムを現代人より遥かに実感し、世界を支配する神秘な摂理として捉えていたに違いない。

寺院地北西の角「I」は二つでひとつ
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寺院地北西の角には角と言うべき場所が二つある。
一つ目の角「301度線」(オレンジ線)と「東山道西辺」の交点を「I-1」としよう。寺院地北辺の溝はこの交点にぶつかり角を形成している。しかし「塔からJ」を半径とする緑色の円は「I-1」に交わらない。これは、東山道が2度ほど東偏しており、塔と真姿の池湧水を結ぶ東偏1度線と平行ではないからだ。
「塔からJ」を半径とする緑色の円が「東山道西辺」と交差する場所が「I-2」、これがもうひとつの角だ。
「I-1」から「塔」の延長線は寺院地南東の角「C」からわずかにズレる(オレンジ線)。その「C」から「塔」の延長線は「I-2」に到達する(ピンク線)。「I-2」は「塔」を挟んで「C」と対角をなしている。
I-Jの距離は塔との距離で決まる
「I-塔-J」はほぼ正三角形だ。塔の位置がもっと東山道寄りであれば、「I-J」の距離は短くなり、もっと遠ければ「I-J」の距離は長くなる。「I-J」すなわちこの寺院地の南北の長さは、塔と東山道の距離によって決定されているということがわかる。
その塔は、真姿の池湧水の南300mに位置するように場所が選ばれたわけだから、「I-J」の距離と角の位置は、塔と湧水の関係によって決定されている。
この寺院地の核はつまり「湧泉」なのだ。

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04.七重の塔と富士山の関係 [武蔵国分寺の不思議を探る(テキスト版)]

Ⅰ.七重の塔を巡る方位線上に区割りと配置を読む

04.七重の塔と富士山の関係
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寺院地南辺の溝が東山道にぶつかる「南西の角J」は、塔から見ると「方位241度線」が東山道と交わる地点だ。241度線は富士山頂に通じ、冬至の太陽は富士山頂の真下に沈む。

南西の角は富士山頂に通じる
寺院地の南西の角「J」は、寺院地南辺の溝が東山道にぶつかることによって形成されている角であるが、この角は何故この場所に作られたのだろうか。実はこの場所、塔から見ると冬至の太陽が沈む方角だ。そしてこの方角は、国分寺から見た富士山頂の方角(真西から29度南)と一致する。国分寺では今も昔も、冬至前後の太陽は富士山の山頂に沈むのだ。
太陽が最も南に沈む冬至の日(12月22日)、太陽は富士山の向かって左の肩口から入り、山頂の真下に沈む。そして、冬至の20日ほど前と冬至の20ほど後、太陽は富士山頂に沈み、天気がよければしばしばダイヤモンド富士が見られる。それはさながら、そこに仏が現れたような荘厳な光景となる。
その富士山頂の方角が241度だ。東偏1度を基軸として30度刻みに描いた12方位の一つがこの方角を指す。敢えて真北を基軸とはせず、東偏1度ラインが基軸となるように塔を配置した理由はここにあるのではないだろうか。うまく折り合いがつくように「図面上の微調整」が行われているようなのだ。
そして、塔から富士山頂への方位線が東山道と交わる場所が僧寺寺院地の「南西の角」と定められ、寺院地南辺の溝はそこに向かって掘られたのだ。そして、その角には尼寺伽藍地の「南東の角」が近接している。
ちなみに21世紀の今でも、冬の晴れた日、七重の塔跡からは富士山が見える。まるで1200年前の古代寺院の残像が今もこの地に生き続け、人の目には見えない七重の塔が、今も寺院地の角ごしに、かなたの富士を見つめているようだ。

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03.七重の塔と湧水の関係 [武蔵国分寺の不思議を探る(テキスト版)]

Ⅰ.七重の塔を巡る方位線上に区割りと配置を読む

03.七重の塔と湧水の関係
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崖線の裾野に釈迦三尊像のように並ぶ3つの湧水を背後に均等に背負える場所が選ばれて塔が建っている。太陽が南中する頃、塔の影の先端はまっすぐに真姿の池湧水を指す。塔はさながら巨大な日時計だ。夜、北極星は北の玄武・懐に泉を抱く丘の上に輝く。武蔵国広しといえどもこんなロケ-ションは滅多にないだろう。

塔の背後に並ぶ3つの湧水
七重の塔跡に残る礎石の並びを見る限り、塔はその背中にほぼ真北を背負って建っていたはずだ。7度西偏の僧寺中枢部中軸線とは明らかに方向が異なる。
塔のほぼ真北には「真姿の池湧水」がある。地図上で七重の塔跡から「真姿の池湧水」の方向を測ると、真北からおおよそ1度東に傾いている。この「七重の塔跡」と「真姿の池湧水」を結ぶ東偏1度線を基軸として30度刻みに方位線を描いたのが左の地図だ。
「万葉植物園湧水」は「真姿の池湧水」の西約200m、「リオン下湧水」は「真姿の池湧水」の東約200mの北西に窪んだ崖の奥まった場所から湧出している。塔との位置関係を見ると「真姿の池湧水」と七重の塔を結ぶ線から西に30度の線上に「万葉植物園湧水」が、そして東に30度のやや内側に「リオン下湧水」がある。
3つの湧水はいずれも寺院地に取り込まれており、真姿の池湧水を中心としてさながら釈迦三尊像のように並んで七重の塔の背後に控えている。この湧水と塔の位置関係は偶然ではないだろう。

最初に塔の位置が決定されている
塔がもっと北に寄れば両側の湧水への角度は30度より開き、塔がもっと南に下がれば角度はしぼむ。まさに絶妙なバランスで湧水を背負う一点が選ばれて塔の位置が決定されている。ただし、両翼の湧水を約30度に捉えられるエリアは、東西方向に100m近く幅がある。真姿の池湧水を真北に捉える位置(今より少し東)に塔を置いてもこの関係は成立する。ならばなぜ基軸を1度東偏させたのか、その理由が富士山との位置関係にありそうだということを次項で話そう。

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