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13.古寺院区画の中枢部中軸線を推定する [武蔵国分寺の不思議を探る(テキスト版)]

Ⅱ.草創期の区割りと配置

13.古寺院区画の中枢部中軸線を推定する
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塔から「I」への方位ラインを四等分し、塔側から四分の一のところに中軸線が交わるように、また、傾きは東西の辺と平行(つまり南辺と直角)に引いてみる。

再びの疑問
塔の中軸線が南北軸であるのに対して、敷地の区画のほうをわざわざ斜めに傾けてある、その目的は言うまでもなく、中枢部中軸線を斜めに引くためだろう。中枢部の配置を左図のように推定した。

「塔からI」への方位ラインを四等分し、塔側から四分の一のところに中軸線が交わるように、また、傾きは東西の辺と平行(南辺と直角)に引いてみた。現存遺構では、「塔からI」の方位線の真ん中を中軸線が通過している。その現存遺構は古寺院区画の考え方が踏襲されたものだと推察される。「古寺院区画の原型」の外周は「塔からI」の中間を通過しており、外周と塔の中間に中軸線を設定したものが左図である。

しかしここであらためて疑問がわいてくる。この中軸線は何故、塔と真姿の池湧水を結ぶ東偏1度の中軸線(基軸)と平行ではいけなかったのだろうか。
①まず、10項で述べたように、3つの湧水を均等に取り込むように塔の場所が決定されたにもかかわらず、なぜその中軸線上に、南大門・中門・七重の塔・金堂・講堂を並べなかったのか、これが11項で宿題にした第一の疑問だった。
②そうは出来なかった理由があるとしても、それなら塔の東側に、東偏1度の中軸線(基軸)と平行になるよう中枢部中軸線をとればよいではないか。なぜ平行ではいけなかったのか、これが第二の疑問だ。

何故その両方ともができなかったのか。何か理由があるはずだ。その理由を見つけるために、もう一度、原型のほうに戻ってみよう。



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